法学部とのかけ橋BRIDGE TO THE FACULITY OF LAW

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情報発信コーナー/法学部発 
2020年00月00日

同志社大学法学部で学ぶことの意義 法学部教授 檜垣 伸次2025年09月01日

新島襄は、1865年7月にアメリカのボストンに到着しています。ボストンは、マサチューセッツ州の州都で、ボストン茶会事件など、アメリカ独立戦争のきっかけとなった出来事が起こった都市として有名です。またハーバード大学やマサチューセッツ工科大学などの世界的に有名な大学があることでも知られています。

新島襄が到着した時のアメリカは、1961年に始まった南北戦争がようやく終わった直後でした(同じ年の4月にリンカーン大統領が暗殺されています)。南北戦争は、両軍合わせて約62万人が戦死するという、アメリカ史上最も戦死者が多い戦争でした(当時の人口は約3100万人だったので、この戦争の被害がいかに大きかったのかがわかると思います。以上の数字は、貴堂嘉之『南北朝の時代 19世紀』(岩波書店、2019年)106-107頁を参照))。このような凄惨な戦争は終わったものの、独立を図った南部諸州をどのように連邦に復帰させるか、解放された奴隷をどのように処遇するのかなど、さまざまな課題が残されており、アメリカ合衆国という国をどのように建て直していくのかが問われていた時代でした。そのため、この時代を、「再建の時代」あるいは「再建期」などと呼んでいます。新島襄が体験したのは、まさに再建期のアメリカでした。

これらの課題に対処するために、アメリカでは憲法が改正されました。アメリカでは、憲法を改正する場合、元の条文をそのまま残して、修正条項を付け加えるという形をとっています。そのため、追加した条項を、第〇修正と表記します。再建期には、第13修正、第14修正、そして第15修正が付け加えられました。これらの条項は、再建修正条項と呼ばれます。第13修正は、奴隷制の廃止を明記しています。第14修正は、まず、アメリカ合衆国内で生まれたまたはアメリカ合衆国に帰化した者は合衆国市民であると規定しています。これは、アフリカ系アメリカ人にも市民権が与えられることを明確にした規定です。他にも、第14修正は、合衆国市民の特権・免除を保障した規定や、州が法の適正手続(デュー・プロセス)によらずして生命、自由、財産を剥奪することを禁止する規定や、法の平等保護を否定することを禁止する規定などをおいています。第15修正は、人種を理由に投票権を制限することを禁止しています。

これらの憲法改正が成立しましたが、問題がすべて解決されたわけではありません。人種差別的な法律などがなくなることはなく、その後も異なる人種間での結婚を禁止する法律など、アフリカ系アメリカ人の権利を制限するさまざまな法律(これらの法律は、ジム・クロウ法と呼ばれています)が制定されました。また、学校や鉄道、ホテルなど、さまざまな場面で人種隔離が行われたりしてきました。1954年のブラウン判決(Brown v. Board of Education of Topeka, 347 U.S. 483 (1954))で、アメリカ最高裁は、初等教育における人種別学を違憲であるとしましたが、この判決に対する激しい反発も起こり、アーカンソー州では連邦軍が派遣される事態も起こりました。また、第14修正は、「州による差別」を禁止していたため、私人による差別は対象としていませんでした。そこで、1950年代以降、さまざまな形で抗議活動が行われるようになりました。その結果、1964年には公民権法が成立し、私人によるホテルやレストランなどの公共の施設での人種差別が禁止され、また、職場における人種や性別に基づく雇用差別が禁止されるなどしました。

投票権についても、投票税の徴収や識字テストの実施などの、アフリカ系アメリカ人の投票を阻止するためのさまざまな制度が導入され、またクー・クラックス・クランなどによる物理的な妨害などもありました。そのため、アフリカ系アメリカ人がほぼ差別なしに投票できるようになるのは、第15修正が制定されてから約100年後の、1965年に連邦投票権法が成立してからのことでした。

 これらの事例が示すように、アメリカでは、南北戦争が終結してからも、紆余曲折があり、問題が一気に解決されたわけではありません。しかし、さまざまな人々による忍耐強い取組みによって、少しずつ問題の解消に向かっていきました。

 しかし、近年、バックラッシュともいえる現象が起こっています。人種間の緊張も深刻となり、ヘイト・クライムやヘイト・スピーチも増加しているといわれています。また、2022年には、アメリカ最高裁は、妊娠中絶の権利を認めたロー判決(Roe v. Wade, , 410 U.S. 113 (1973))を覆す判決を下しています(Dobbs v. Jackson Women's Health Organization, 597 U.S. 215 (2022))。2025年には、トランプ大統領が、ハーバード大学への助成金を停止したり、同大学の留学生受入資格を停止したりするなどしたことが大きな話題となっています。これらの背景には、保守とリベラルとの間の分極化が進んでいることが指摘されます。近年の分極化については、新島襄が体験した、南北戦争後の状況に似ているとまでいわれており、深刻な対立と停滞をうんでいます。

 このようなアメリカの状況について、日本や他の国はもちろん無関係ではいられません。これらの課題について、一気に解決できる処方箋のようなものはありません。これまでみてきた南北戦争後の紆余曲折が示すように、時には後退しながらも、少しずつ忍耐強く取り組んでいくしかありません。同志社大学法学部では、法学や政治学を学ぶことにより、現代社会における課題を解決するためのさまざまな視座を得ることができます。このような時代だからこそ、同志社大学の教育理念である「自由主義」や「国際主義」が求めるような、一人一人の個性を大切にして、異なる価値観を受け入れるという視点が求められているのだと思います。

法学部教授 檜垣 伸次

写真「Boston Tea Party Ships & Museum」