同志社大学政法会 updated 2017-10-10

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年頭のご挨拶

明けましておめでとうございます。
政法会会員の皆様に於かれましては、爽やかで凛とした新年をお迎えになられたことと拝察いたします。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

政法会にとりましては24年目の今年、進む方向は母校同志社大学法学部と、そこに学びます学生諸君への変わらぬ支援と、卒業生お互いの熱い交流の場造りであります。このために政法会役員一同気を引き締めて今年も取り組んでまいる所存であります。

扨て今年は明治維新150年という、わが日本にとりましても大きな節目の年であります。ほんの150年前に近代日本は誕生しましたがこの明治維新を私たちは、小・中・高校の歴史でどう学んで来たでしょうか?いま振り返りますと実はほとんどが薩摩、長州の明治新政府側から書かれた史実を学んできました。歴史的にも勝者の論理がすべてを支配するのは当然ですが、150年たった今、少しずつ新たな史実が浮かび上がってきています。
3年前の大河ドラマ「八重の桜」で知った会津藩の悲劇も、ほとんどが初めて知る事実で、私自身白虎隊にまつわる話ぐらいしか知らなかったのです。
1868年1月鳥羽・伏見の戦いで圧倒的に優勢と思われた徳川幕府側が敗退した最大の理由は、その戦場へ「錦の御旗」が突然出現したことと言われています。この錦旗は誰が使用を許したのか、孝明天皇は崩御された直後ですし、明治天皇はまだ即位されていません。勅許されたものではなく、岩倉具視が大久保一蔵と品川弥二郎に手作りで造らせた急造品であったといわれています。
この錦旗の出現により幕府軍は総崩れになり、朝敵になるのを恐れた徳川慶喜は大阪城へ撤退しました。歴史の、いや近代日本の大きな大きな転換点であったことは間違いありません。そして江戸城無血開城、年号が明治となりましたが、戊辰戦争は1869年年5月まで続いていました。
明治維新につきましては、まだまだこれから紐解かれるべき史実が眠っているように思います。私の老後の大きな勉強テーマとしてこれから学んでいこうと考えています。

明治新政府樹立から6年後1874年11月26日、新島襄先生は10年ぶりに横浜港に帰国されました。そしてわずか1年後の11月29日同志社英学校を設立されました。新島先生は満32歳でした。維新6~8年後のこの頃の世の中はどんなだったのでしょうか?
1874年1月喰違の変、2月佐賀の乱、1876年10月神風連の乱、秋月の乱、萩の乱、思案橋事件、1877年西南戦争…と新政府に対する旧士族の反乱が次々と起こるる世情はいまの私達には想像もできませんが、そんな中で新島先生は多くの困難と迫害に立ち向かいながら信じられないくらいの短時間で同志社英学校を設立され、設立後も懸命に教育を根付かせようと、学校経営の資金確保に奔走されていたのです。

創立者のこのような努力と、熱い情熱により発足した同志社は今年142年目を迎えました。新島先生に後事を託された私達OB、OGは明治維新150年の今、改めて設立時の先生のご苦労に想いを馳せ、平和の有難さを感じつつ政法会という同窓会に集える喜びを実感する年としたいと思います。

平成29年1月
 同志社大学政法会 会長 髙橋 滋