同志社大学政法会 updated 2018-08-03

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吉田善之(昭和31年卒業)さんからのご投稿

「中澤幸三さん(昭和33年卒)お元気でしょうか?―欲望と資本主義―」

吉田 善之(昭和31年卒)

 兄とは、60数年前の大学内ですれ違い、また同じ教室で講義を受けたことでしょう。あるいは明徳館の地下食堂で、同じテーブルについてご飯を食べたことがあるかもしれません。

 2008年5月政法会ホームページに掲載された寄稿文のなかで、兄は我が国を心配されてこう述べられました。「近年、我が日本に於いては自殺者が年間3万人を超え、年収200万以下のワーキングプア1,000万人は看過出来ない現実である。」更に憲法25条(全ての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する)にも言及され、人間の限りない欲望に歯止めをかけて格差をなくし、個人資産30億円以上は認めないとし、その財源で弱者の救済にあたるべし、と。
 9年前に兄が心配されていたことは、現在でも少しも解消されていません。2017年1月29日の読売新聞で国際民間団体・オックスファムは次のような警告を発しています。

「国際民間団体・オックスファムは、世界の裕福な上位8人が持つ資産の合計が、貧しい生活を送る世界の半数分(36億人分)に匹敵するとの報告書をまとめた。
 格差は社会に亀裂をつくり、民主主義を脅かすと警告し、経済の仕組みを根本的に改めるよう訴えている。
 報告書によると、裕福な8人の資産は計約4260億ドル(約49兆円)に上る。1988年から2011年にかけて、最も貧しい下位1割の人らの収入増は平均で年3ドル(約350円)にも満たなかったという。報告書は大富豪や大企業が、税金や賃金の支払いを抑えようとすることが格差拡大につながっていると分析。各国が、課税逃れの阻止と法人税の引き下げ競争の回避に協力し、適正な賃金が支払われる環境を作るべきだと指摘している。」

 この指摘は資本主義のもつ限りない欲望(DNA)に警鐘を鳴らし、経済体制を変えるか、もっと現実をふまえた、あるべき資本主義に修正すべきだと警告しています。特に兄が胸を痛めていた所得の格差については、フランスの経済学者トマ・ピケティ氏が300年におよぶ大量のデータから、資本主義のもつ経済の仕組みは所得の格差を必然的に生み出し、資産の格差もそれによってさらに大きく広がっていると論じています。(『21世紀の資本』)
 マルクスは、資本蓄積の欲望が、企業を経営する資本家の唯一のモチベーションだと考えていました。多くの起業家は強欲で財産を築くためには、あらゆる社会のルールを破る野望を持っているというのです。兄は「人間の限りない欲望に歯止めをかけ」と言っておられますが、残念ながら人間の欲望(DNA)に歯止めをかける資本主義はなかなか難しいのではないかと思いますが、どうお考えでしょうか。といって代わりになる将来の経済体制に、北朝鮮のような社会主義体制を目指す者は誰もいません。

 事実、資本主義は非常に多くの人々を貧困から救いました。18世紀の産業革命以降、西洋諸国は生活水準を大きく向上させ、さらに20世紀後半からは、日本をはじめ東南アジア諸国に人類史上類を見ない潤いをもたらしました。
 しかしこの資本主義の発展過程での大きな欠点といえば、経済体制が常に不安定であることであります。景気の循環、投資の過熱、株式市場のパニック、成果の配分、公正な市場、報酬の格差、グローバリゼーション、技術の革新、税金、AIなどもろもろの問題を内蔵しています。ここでは、兄やオックスファイムが懸念を示している貧困と格差社会の背景について述べたいと思います。

 1930年代、米国大企業の多くの役員は「企業システムが存続するためには、社会を構成する様々なグループの要請をうまく調整しながら、企業収益を私利私欲ではなく、公共政策にもとづいて各グループに振り分け、大企業の支配力を中立的な専門技術によって発展させていくべきである」と述べています。この企業統治の考えは現在でも穏当で評価できると思いますが、しかし1970年代後半になると、企業の保有に関して全く異なる見解が出現しました。それは、敵対的買収を仕掛ける乗っ取り屋(M&A)が言い始めた「本来、株主に帰属すべき利益を、産業指導者たちが勝手に奪っている。株主こそが正当な企業所有者であり、企業の果たすべき唯一の目的は、株主の利益を最大化することだ」というものです。それにより乗っ取り屋が金融市場をめぐる法や制度を変えることをたくらみ、企業権利やウォール街を有利に導きました。それまでは、年金基金や保険会社が投資できるのは投機的でない社債や政府債のみであったのですが、法や制度を変えることによって、株式市場にも投資ができるようになり、莫大な資金がウォール街にも出現したのです。このような状況は、企業の乗っ取り屋たちに買収資金や法的承認を得やすくさせ、敵対的買収の件数は格段に増加していきました。
 一方CEOたちは、自らの会社が買収の標的になるのを心配して、株主の利益を最大にしなければならないという脅威を感じ、株価を上げることが自分たちの主要な役割と考えるようになりました。言葉ではフェアーなリターンといっていますが、その言葉の意味するところは可能な限りの株主への利益でした。
 この新しい哲学によって、業績をあげる手っ取り早い手段が、人件費の削減であります。その結果、利益は上がり株価は急伸し、それによってCEOの報酬も急増しました。普通の労働者は解雇されるか、あるいは給与を減らされて企業との交渉力もなくなっていくなか、企業の利益配分は下から上へ、すなわち、大企業のCEOや多くの株式を所有する富裕層に向かっていったのです。さらに雇用不安が拡大したのは人件費の安い海外へのアウトソーシングを促した貿易協定(北米自由貿易協定)であります。これにより労働者がもつ労働価値よりも、大企業や金融業界の権益の方が優先され、労働組合の崩壊にもつながりました。
 また、IT技術や市場経済が国を超えて拡大するグローバル化もその後押しをしました。ロナルド・レーガン大統領が、ストライキを決行しようとした国家航空管制官を大量解雇した出来事があったのですが、これを契機に米国の労使関係の潮目が変わったと、大企業のCEOたちは感じ取りました。資金繰りが悪化したことを理由に、パンアメリカン航空会社、コンチネンタル航空会社などは、従来の労働協約を戦略的に破棄するために自社を倒産させました。労働組合が三つも四つもあった日本航空もそうだったかもしれません。
 戦後30年にわたって獲得してきた米国経済の利益を中間層の労働者はすっかり失ってしまっただけでなく、以前のような地位を要求することさえできなくなっていったのです。解雇された労働者たちは、給与水準の低いサービス産業へ流れました。ウォールマートやファーストフード・チェーンの従業員は労働組合を持っていません。彼らはそれぞれ個人で労働条件を交渉しているのです。
 一方、企業の利益を吸い上げたCEOたちの報酬は、従業員の平均賃金に比べてうなぎ上りに増加し、1992年、米国で最も報酬の高かった大企業の上位500人の平均報酬総額は890万ドル(日本円で9億8000万円)でありましたが、それから25年、平均報酬総額は3030万ドル(日本円で33億3000万円)に膨れ上がったそうです。これらの報酬の大部分は、ストック・オプションを行使した株式値上がりによってもたらされた資本利益であります。ワーキング・プアが急増する一方で、働かないお金持ち(ノンワーキング・リッチ)も増えています。その中でも全く働いたことのない人々の割合が増加しており、彼らは莫大な遺産を相続した人々です。
 アメリカの個人向け資産運用ビジネスの規模は、日本とは比較にならないほど規模が大きく、2015年末時点での家計が保有している金融資産は約65兆ドル(7150兆円)あり、このうち36兆ドルがこの半世紀で相続された資産であると言われています。働いたことのない富裕層の資産家は、ヨーロッパ貴族の重要な収入源となった王朝的富の構築方法と同じだとトマ・ピケティ氏は指摘しています。
 働かないお金持ちが増加している理由としては、自らの所得をさらに金融資産や不動産に投資し、その一部を政治活動にまわしており、その結果として、市場経済のゲームのルールを自分たちの都合の良いルールに変更させていったことによります。豊かであったアメリカの中間層は埋没してしまいました。ラストベルトの人たちが仕事を持ってくる、というトランプ氏に投票した人々の気持ちはよくわかるのです。

 ひるがえって日本の資本主義はどうであったのでしょうか。ソビエト連邦のゴルバチョフ書記長が来日したときに彼は「日本は社会主義国家で一番成功した国である」といいました。日本は社会主義を目指したわけではありませんが、社会保障を充実させたことに違いはありません。戦後の日本で採用された資本主義は独自のモデルで、自己中心的な強欲を排除した武士道資本主義なのです。つまり、個人の満足よりも企業や国の利益を優先する職業倫理を持っていました。日本の税制は高所得者から低所得者への所得転移、雇用保険制度、医療介護保険、国民厚生年金などで、国民を守り、とても充実した社会福祉国家だと思います。
 しかし今の人口減少をみますと、経済の高度成長の過渡期に設計された社会保障制度は見誤ったのではないかと思っています。ゴルバチョフ書記長が称賛した日本の社会保障制度は大きな問題を含み、結果として政府が1000兆円の負債を背負いました。GDP200%の債務をどう返済するか、重たい課題です。
兄が指摘された日本のワーキング・プア問題の底流には経済のグローバル化があり、そのきっかけはバブル崩壊やリーマンショックであったように思います。日本がアメリカから製造業を奪ったように、日本も韓国、中国、東南アジアにその座を奪われました。この流れを止めることは難しいのではないかと思います。グローバル化によって不幸にも低所得層に落ち込んだ人々を、どのように救済するのかが喫緊の課題ですが、特に低所得層の若い家族の教育費がなにより心配です。日本は特に優れた国にならなくても良いと思いますが、しかし普通の国になるにしても、技術革新や社会の変化に対応しなければならない若い人の教育はとても大事です。「日本国民は個人資産を30億円までとし、その財源で弱者の救済をする」という兄のご提案は大賛成であります。しかし日本国民のコンセンサスをどう得るのか、資本主義のもつ荒々しい欲望がなくなったら日本のプロダクト・イノベーションはどうなるのかと心配があります。暴走する資本主義、生産された富をどう分配するのか、明日の資本主義はどうなるかわかりませんが、私も残りの人生で見守っていきたいと思います。

 この寄稿文を作成するにつき参考にした経済学者とジャーナリストの著作の論旨を紹介して終わりにしたいと思います。

トマ・ピケティ フランス経済学者 『21世紀の資本』の著者
資本主義の格差は止まらない。そのため世界的資本税を創設し、租税回避の企業や多国籍企業も含めて隠し資産となっている富の分布を幅広く正確につかむことが大事。こうした資産に広く薄く累進税を国際協調しながら課税し、格差縮小のために使う、としている。

ジョン・プレンダー イギリスエコノミスト 『資本主義』の著者
我々は資本主義(または市場)にどれだけ政府に介入させるかの選択肢が与えられている。それを決めるのは政治家であり我々国民である。科学技術と同じで、このパワフルなシステムをいかに暴走させずに社会と経済の発展にうまく利用できるかどうかは、我々の良識と知恵にかかっている。

ロバート・B・ライシュ アメリカ経済学者 『最後の資本主義』の著者
 大企業や大富豪はロビー活動を通じて政治に影響力を持ち、民主主義を脅かすまでになっている。市場の仕組みが、今どうなっているのか、だれが何のために、どう決めようとしているのかを知り、ルールを是正していかなければ資本主義も民主主義も滅んでいく。提唱しているのは、ベネフィット・コーポレーションという企業形態で、株主利益だけではなく、企業活動にかかわる様々なステーク・ホルダーの利益も考慮しながら経営する。また政府や市場に委ねることなく、志を持った市民や団体の力でルールを正しくしていくことが格差社会を解消することにつながる、としている。

以上



中澤幸三さん
また日本を元気にするご提案を期待しています。