同志社大学政法会 updated 2018-11-15

吉田善之(昭和31卒業)さんからのご投稿

伊勢神宮と本居宣長の一考察  松阪在住   昭和31年卒 吉田善之

今年平成二十五年は、伊勢神宮の二十年に一回の式年遷宮の年であります。
遥か昔、大和の国が日本の中心だった古代にあっては、太陽の昇る地、それが伊勢の国でした。大和から東へ、高見峠をこえるとのびやかな緑の大地が広がっています。ゆったりと流れる宮川、その先には大海原、太平洋が広がっています。四方の山に囲まれた大和の人々にとっては、豊穣の地と思えたに違いありません。そんな憧れの地 伊勢に日本人の先祖につながる天照大神が祭られたのでした。

伊勢神宮の鎮座については大和王権の東国平定の拠点作りのなかで、倭姫命が天照大神をまつる聖地をもとめて、大和から伊賀・近江・美濃・尾張をめぐって伊勢に入りました。
倭姫命は神武天皇からかぞえて第十一代の垂仁天皇の娘であります。甥の(日本武尊)・倭健尊は、東国平定に出かける時三種の神器の一つである草薙の剣をさずかることが日本書紀・古事記に出ています。
倭姫命の旅は大和の王権が保持している稲作の技術を各所に授けながらその力を広げていったのでした。

神様が住まい、そして人々が祈りを捧げる社殿 日本人の御親神と仰がれる天照大神のご正殿は、ヒノキの木肌そのままの高床の穀倉から発展した、唯一神明造といわれています。
本居宣長の時代でも、伊勢神宮は古代のままの社殿でありました。その宣長は、伊勢の玄関口の松阪に、今から三百年前に生を受けました。幼少の頃から書くことへの執念、記憶のよさは抜群でありました。二十三歳の時京都に行き儒学と医術を学びましたが次第に日本古典に心を寄せてゆきます。

その後、松阪で医者として開業しますが、賀茂真淵の冠辞考を見てその奥の広さに感激し、是非古事記を研究したいとの思いを賀茂真淵に伝えました。
宣長が日本古典に傾注して行ったのは、自分の生活圏に伊勢を中心とする神々の世界があったこと、父定利が家業とした松阪木綿は(江戸の人々に大人気)、実は神様の衣を織る織殿の織物技術があったことなど、神々の神事に深い結びつきがありました。また、賀茂真淵と会えたことも(お伊勢参りのかえり)古事記に取り組む決定的な要因になったと思います。 

では、古事記とは一体どんな書物か。一千三百年前、稗田阿礼が朝廷に呼び出され、聞き覚えていました神話を太安万侶に語りました。太安万侶は、古事記という書物に漢字を駆使して編み、後世に伝える事にしました。
古事記には、この宇宙の始まりや日本の国の始まり、神々の歴史、日本人の自然観、風習など我々の先祖が語り伝えた物語が書かれていました。しかし、この書物はある事情でしばらくたつとほとんど正確には読めなくなりました。お蔵に入ったこの書籍を、宣長はなんとか自分の力で世に出したいと強く思ったに違いありません。

約一千年の空白の言葉の壁、その困難さは想像に難くありません。宣長は、古事記の最初にかかれた文字『天地』の文字の意味が五年間判らなかったと言います。当時は、宇宙とか地球とかの概念はなかったのでしょうか。また、海洋民族の血も混じった日本には、海に関する記事も多い。イルカ・アシカ・ラッコ・トド・ヒラブカイなど、宣長は見たことも聞いたこともない、古座の漁師に聞いたり、日本書紀で調べたり、推定しながら現場で確認したり、又、地方の方言に古代の言葉がないか追求したりもしている。そして、三十五年の歳月をかけて解明したのが古事記伝であります。中国文学者・吉川幸次郎氏は本居宣長全集の推薦の言葉に、古事記は尊いが、古事記伝はもっと尊いといっています。

宣長の功績は他にもあります。それは、数々の書を出版したことです。京都に関する文献を集めた都考抜書(とこうばっしょ)・書名を集めた経籍(ケイセキ)・和歌に関する抜書(和歌の浦)・乾坤(けんこん)以下二十二部門に言語事物等を集めた書と清造翁により命名された事彙覚書(じいおぼえかき)古語索引の古書類聚抄(こしょるいじゅしょう)年代記 日本の年代をまとめたもの、等々多くの本が木版にて印刷されて全国に出されて行きました。

宣長の門人は、四百八十九人だと聞きました。宣長の学問は、爆発的に広がったと思われます。その結果 日本の各所に寺子屋が増設され、知識があふれ出しました。それまで閉鎖的であった生活環境が知識の普及により自分たちの存在・歴史・社会の構造などが明らかになっていきました。即ち、情報交換が始まったわけです。そして、その精神と知識は何人かの門人を通じて吉田松陰にも影響を及ぼしたのでしょう。宣長の鈴の屋での徹底した質疑応答の教育スタイルは、吉田松陰の松下村塾方式にダブって見えるのは私の僻目でしょうか。真に古代王国のロマンは宣長から松蔭へそして維新の英雄たちに受け継がれたのでありましょう。
今年は、式年遷宮の大祭の年、伊勢へお参りの際は松阪にも寄られて、本居宣長記念館で宣長の業績に敬意を表していただきたいと思います。

参考書籍    
      伊勢神宮      千種清美 著
      古事記伝拾い読み  吉田悦之 著
      古事記のものがたり 小林晴明 宮崎みどり 共著