同志社大学政法会 updated 2018-09-20

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第1回ひとことコラム

大谷 實(同志社総長)

法学部卒業生に贈る新島精神

同志社総長 大谷 實同志社総長 大谷 實新島精神あるいは同志社精神とは、何を言うのでしょうか。学校法人同志社の「寄付行為」を見ますと、同志社は「キリスト教を徳育の基本とする。」(2条)と定めています。一方、同志社教学の理念は、キリスト教主義、自由主義、国際主義であるとされています。
さらに、同志社精神は、「良心乃全身ニ充満シタル丈夫ノ起リ来タラン事ヲ」刻まれている良心碑に象徴されるともいわれます。こうした表現は、あまりその意味を吟味せず使われてきたのですが、例えば、キリスト教主義教育と良心教育は同じなのか違うのか、また、両者はどういう関係に立つのかといったことを考えますと、なかなか難しいものがあります。
私は、総長就任以来、同志社の教学の理念は、「キリスト教主義、自由主義(または『自治・自立主義』)、国際主義という三つの原理を基礎とした良心教育にある」と説明しているのですが、法学部卒業生としては、それらのうち「自由主義」が気になるところです。

新島は、例えば、「freedom is my living motto.」と叫んだり、「天真爛漫として、自由の内自ら秩序を得」と書いたりして、「自由」を非常に重視しています。もちろん自由の観念は多義的ですし、キリスト教での「自由」にも特有の意味がありますので一義的には申せませんが、しかし、基本的には、「各人の行動は各人が自ら決める」という意味でありまして、新島の「自由」もその点では変わりないものと思います。そして、自由主義のもっとも大いなる歴史的意義は、自由を愛し自由を実践する自由人を生みだすことにあるのでしょうから、自由主義を教学の理念として取り入れるのは、決して間違いではないと思います。けれども、封建主義の色濃い明治10年代に「自由」をモットーにするのは重要であるとしても、自由主義を憲法の基本原理とする現在の日本にはそぐわないのではないか、というのが私の言いたいところです。

一方、新島は、「自ら立ち、自ら治むるの人民」あるいは「自治自立」という言葉も、「自由」と同じくらい多用しています。これらの言葉も解釈の余地がありますが、おそらく新島は、自らの考え方や価値観を持って、自らの人生を主体的に全うしようと努力する人間を指しているのだろうと思います。そうだとしますと、同志社の教学理念の一つに自由主義を数えるのは適当でないともいえます。

そもそも、人間の最高価値は幸福になることであり、自由が尊いのはそれが幸福に至る条件だからではないか。憲法13条は「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」と規定していますが、生命も自由も「幸福追求」のためにあるといってよいのでありまして、私は、法律家として、人権の目指すべき理念は、まさに「幸福追求の権利」にあると考えるのです。そして、幸福追求で大切なことは、「自らの人生は自ら決める」という自己決定権の保障ではないか。同志社人は、自由を前提とした「自己決定」すなわち自治・自立を目指すべきであるという意味で、自由主義の代わりに「自治・自立」主義を教学の理念に数えてはどうかと考えています。
法学部卒業生の皆さんは、どうでしょうか。

同志社総長 大谷 實